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第十六夜 Sociable Moments @Pristina [Kosovo]

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教えてもらった両替店は2つとも閉まっていて、コソヴォの通貨ユーロを手にすることはできなかった。

コトールで換えた残りの4ユーロと数セントが手元に残っていたので、
パンだけでもかじるか、カードの使えるレストランに入るか、
運命を探りながら暗くなった旧市街を彷徨った。

地元スーパーが明るい光を放っている、夏の虫の如く、当然のように吸い寄せられた。

店内を歩くとパンなら袋に詰められたバゲットやデニッシュが1ユーロせずに買えることはわかった。
なにせこの国の物価もわかっていなかったが、
これで我が4ユーロがどれぐらいの破壊力を持つのか、戦況は見極められた。
最低限、パスタと缶のソースでいけるか、などと献立を考える主婦のように悩みながら古びた店内を巡る。
すると精肉のコーナーの隣でロースト・チキンがいい薫りを立てていた。

3ユーロ!

丸ごとか、半身の値段か? 表示金額が書かれているだけでわからなかったが、これで今夜の夕食が決まったぜ。

袋に入ったパンをレジに差し出し、尋ねた。

「あそこのチキン、買いたいんだけど?」

「OK。ちょっと待って」

そういうと白い作業着を着たニイチャンはロースターのトビラを開き、
回っていた熱いチキンを紙の袋に取り込み、持ってきてくれた。

ロースト・チキン丸ごとで3ユーロ+パン0,35ユーロ、
おお~ 我が陣営の4ユーロで釣りがくるじゃないか。
それよりも今夜、切ない夕食戦線にならずに済んだことに感謝した。

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熱いチキンをブラ下げ、宿への道を戻る。

暗い通りに煌々と明かりをつけ、八百屋さんが営業していた。
明るい店先に並ぶ野菜を眺めると「トマト30¢」と書かれている。
キロ単位かな、と思いつつ、TVを見ながら店番していたオジサンに声をかけた。

「トマト、1個だといくらぐらいですか? 1ユーロもないんですけど買えます?」

「計ってみようか? ほい。ああ、そのコインなら3つ買えるよ」

「3つは多いので2つならいくらです?」

「ちいさいやつにすれば2つで30¢でいけるよ」

「じゃあ、それください」

なんとチキンだけの夕食前線にトマトの増援がついたぜ。(写真8)

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「日本の人? 数日前、TVで昔の日本の戦争のことやってたよ」

頷くとオジサンはわかりやすい英語で話しを続けた。
そういえば数日前は「終戦記念日」だ、ケーブルテレビかなにかで第二次世界大戦の特集でも見たのだろう。

「ヒロ・・・シ、マかな? それとナガ・・・う~ん、日本の地名はむずかしい」

トマトを包んでもらいながら、原爆の話やアメリカの印象を話し続けた。
首都に「ビル・クリントン通り」があるこの国にもアメリカは大きく関わっているが、
あの国にベタ惚れしている我が国とは少々事情が異なるようだが。
さらに話しは膨らみ、こちらでも問題になっている「中国の食品問題」にまで広がっていった。
日本でも「餃子」が問題になったのはこの頃だ。

「ああ、ごめん、これから帰って夕食なんだろ?」

「いいんです、違う国の人から視点の違う話が聞けてとても楽しいですよ」

「トマト、ありがとな」

まさかバルカン半島の八百屋の店先で政治的な語らいをするとは夢にも思わなかったが、
そんな時間はとても貴重なひと時に思えた。
結果、オジサンとの話がおもしろくて八百屋の店先の写真をみごとに撮り忘れている。

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結局、宿にチェックインできたのは18:30だった。

バスを降りてから中心地まで30分歩き、中心地で30分迷った計算。
首都の中心部なので、宿の住所だけでなんとかなるだろう、と思っていたのがバカだった。

プリシュティナの中心地と走る『Bul. Nena Tereze(マザー・テレサ通り)』は歩行者専用道になっているのだが、
宿の場所の通りの名を見つけることができずにその広い歩道を行ったり来たりしていた。

荷物の重さも負担になりはじめ、あきらかに行き詰っていたので、カフェから出てきた人に道を尋ねた。

「ああ、全然反対方向だよ、ついておいでよ」

カンタンにそういうと道案内を買ってでてくれた。

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ちなみに道を尋ねるときは「男性」に尋ねたほうがハズレ率は低い。
女性は感覚的に道を覚えているので、道順などの説明がニガテな人が多い。
男性は目印や店などをわかりやすく伝えてくれるので、話しが早いのだ。

道を尋ねると案内してくれる人が多いのもここバルカンの特徴で、大いに恐縮するぐらい導いてくれる。

彼はグラフィック・デザイナーをしていて、これから夕食に向かう、といっていた。
時間に余裕があるとは思えず、歩きながら電話をかけていたが、
こちらを置き去りにするようなことはせず、アドレスを頼りに安宿を探してくれた。

どうやら彼もその通りの名を知らないようで、
まず近くにあったホステルに飛び込み、そこで別のホステルのありかを尋ね、道を教えてもらっている。
こういう時、現地人の現地語同士のヤリトリはまさに「話が早く」、
目的のホステルはワンブロック離れたもう一つの大通りに沿いにあることがわかり、そちらに向かって歩いた。

「この通りのはずなんだけどなあ」

クルマ通りの激しい大通りを彼が先んじて歩く。
するとビルのはるか上の方に『Hostel Pristina』と書かれた小さなカンバンが眼に留まった。

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「あ、あれじゃないですか? あそこです、あのビルみたいです」

「ああ、そうだね、よかったよかった、じゃあ、僕は行くね」

そう言うと握手をして、立ち去ろうとした。
お礼になにもすることができなかったが、慌ててビジネス・カード(名刺)を差し出すことは思い立った。

「いつか日本に来ることがあったら今度は助けます。本当にありがとうございました」

彼もビジネスカードをくれ、ふたたび握手をして別れた。

1時間かかってたどり着いた寝床はアパートを改造したこじんまりしたホステル、
メインの『マザー・テレサ通り』に近いホステルはすべてフーリーで、やむなく探り当てた宿だった。

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「いいね、そのチキン、いくらだったの?」

「3ユーロだよ、味はわからないけどね」

チキンとトマトをぶら下げて帰り着くとスイスの2人組がキッチンで調理をしていた。

「丸ごとでその値段? いいなあ、明日はそれにしようかな。
 なにせ連日パスタでさすがに飽きたよ」

「でもソースが明日の分も残っているぜ」

パスタを皿に山のように盛り、そこに缶詰のトマトソースをかけながらふたりはそんな風にツブやいた。

「よかったら一緒に食べていいかな?」

狭いキッチンの丸テーブルを一緒に囲むことになり、アレコレおしゃべりしながら夕食をともにした。
モチロン食べる料理は別々だが。

「日本人? 英語話せるのめずらしいね?」

「シンガポールに住んでいたことがあるからね、日本人の亜種さ」

「シンガポールかあ、料理のおいしい国だよね、あそこは」

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「僕らはアジアの料理も日本の料理も好きなんだ」

そんな話にはじまり、「キタノ」「チヒロ」と映画に話は飛び、
果ては「アキバ」「オタク」などという単語まで飛び交い出し、気のいいスイス人との話は夕食後もつきなかった。

ひとりの旅先、退屈な食事の話し相手は最良の援護射撃だ、このところ連戦連勝が続いているぞ。


「Hostel Pristina」はこの場所 ↓ ★こちらにレビューあります

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矢田@医療職兼業トレーダー

町並みが日本と違って素敵です。
なんだかワクワクしてきますね^^
応援しておきました。ポチッ
by 矢田@医療職兼業トレーダー (2015-12-04 20:55) 

delfin

>矢田@医療職兼業トレーダーさん

応援ありがとうございます!!

ぜひまたお立ち寄りを!
by delfin (2016-01-01 18:35) 

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